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水戸地方裁判所 昭和43年(行ウ)16号 判決

原告

沢井文雄

外八六名

右訴訟代理人

浜口武人

外六名

被告

日本原子力研究所

右代表者

宗像英二

右訴訟代理人

橋本武人

外三名

主文

一、被告は原告らに対し、別紙債権目録中「合計」欄に記載する各金員およびこれに対する昭和四三年四月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決は仮に執行することができる。

事実

〈前略〉

2、他方、団体交渉は昭和四三年一月五日から二月六日までの間に七回にわたり続けられたが、東海支部は業務命令の撤回、三〇分の引継時間制度の存置等の要求を繰返えすだけであつた。ところで、JPDRは同年二月一三日定期検査を終了し、同月一五日から運転前機能試験を行つて同月二一日運転を再開することとなつていたところ、組合は同月一九日業務命令の撤回、三〇分の引継時間の制度化等五項目の要求を行つた上、翌二〇日JPDRの運転再開を阻止する目的で、JPDR部の一直の運転員の翌二一日からの無期限ストライキを通告し、同日から実施した。JPDRは長期間運転を停止した後これを再開する場合、定格出力に達するまでに一六時間以上を要するため、一直がストライキに入ると、二直が起動を行ない運転を開始するとしても、三直の勤務が終了するまでに定格出力までに達せず、かりに達したとしてもこれに続く一直勤務員のストライキにより再び運転が停止されることとなり、このような起動、停止を繰返えしても意味をなさず、かえつて温度の上昇、下降を繰返えすことにより炉の圧力容器の寿命を短縮するおそれがあつたので、結局一直運転員のストライキにより被告はJPDRの運転を全面的に停止せざるをえなかつた。しかしながら被告は炉を運転停止のまま放置することは許されないので、やむなく日動班八名に対し一直の勤務に就くよう業務命令を発し炉を運転しようとしたが、組合は同月二六日以降これらの者の指名ストライキを実施して炉の運転を阻止した。以上のように炉の運転再開は組合のストライキの実施により全く不可能となつた。ここにおいて被告は同月二九日組合に対し、同年三月一日以降JPDR部に勤務する組合員に対し、ロック・アウトを実施する旨を通知し、同日から実施した。

〈後略〉

理由

一、被告は、昭和三〇年一一月三〇日発足した財団法人原子力研究所が、日本原子力研究所法に基き同三一年六月一五日特殊法人日本原子力研究所となつたものであり、原子力基本法の趣旨に従い原子力の開発に関する研究等を行うことを目的とし、主たる事務所(本部)を東京都港区新橋一丁目一番一三号に、従たる事務所(研究所)を茨城県那珂郡東海村、高崎市、茨城県東茨城郡大洗町、大阪等に有し職員約二〇〇〇名を擁するものであること、原告らは、いずれも東海研究所内のJPDR部および保健物理安全管理部に所属し、昭和四三年三月一日から同月二一日までの間JPDR施設に勤務していた職員であり、被告の職員で組織された原研労組の東海支部の組合員であること、JPDR部においては、一日二四時間を三分し、職員が交替で勤務することによつてJPDRの連続運転が行われているが、この三分された各勤務時間帯を直といい、このような勤務体制を直勤務と称し、第一の勤務時間帯を一直、第二のそれを二直、第三のそれを三直と称していること、被告と原研労組への間には昭和三八年五月三日付で「昭和三八年九月二六日以降のJPDRにおける労働条件中、勤務態様およびこれに関連するものについては五班三交替制として取り決めるものとする。」旨の協定が締結され、さらにJPDR運転担当係については同年七月二一日付で、またJPDRに勤務する放射線管理室動力炉管理班については同年八月一五日付で、それぞれ同年九月二六日以降の直勤務態様を五班三交替制によることとする旨の協定が締結されたが、以上の協定はいずれも期間の定めのない労働協約であること、被告は昭和三九年規則第二号「東海研究所において特殊な業務に服する職員の勤務に関する規則」を制定し、同三九年四月一日以降実施してきたが、同規則第二〇条、第二一条、第四一条、第四二条、第六〇条、第六八条および別表5によれば、JPDRの直勤務は原則として五班による三交替勤務とされていたこと、同四二年一二月二七日被告は前記規則を改正した上、JPDRに勤務する組合員に対し、同四三年一月六日以降新たな直勤務体制である四班三交替制に服すべき旨の業務命令を発したこと、同四三年一月六日JPDR部の一部組合員によリストライキが実施され、さらに同年二月二一日からJPDR部の一直勤務者の一〇名によリストライキが実施されたこと、被告は同年三月一日午前八時から同月二一日午前八時までの間JPDR部に勤務する組合員に対し本件ロック・アウトを実施したことおよび原研労組は同月一日午後一時右ストライキを解除し就労を要求したことは当事者間に争いがない。

二、〈証拠〉を総合すると、つぎの事実が肯認でき、この認定を左右するに足りる証拠は存在しない。すなわち

1、被告の東海研究所において、JPDRへの燃料搬入が終わりJPDR建設部による各種試験が最盛期に入つた昭和三八年五月、JPDRの運転関係者の二四時間連続勤務(直勤務)に関する労働協約が被告と原研労組との間に締結され、実施されることになつた。すなわち同月三日右の直勤務態様に関し、JPDRの臨界到達の予定日である同年六月二〇日までは四班三交替制を採用し、JPDRが完成し日本ゼネラル・エレクトリック株式会社から被告に対する引渡が予定されていた同年九月二六日以降は五班三交替制を採用する旨の協定が締結され、さらにJPDR建設部(後のJPDR部)のJPDR運転担当員の直勤務態様については同年七月二一日、放射線管理室JPDR管理班の直勤務態様については同年八月一五日、いずれも同年九月二六日以降五班交替制によることを定めた労働協約が成立し、以上の協約に基づき、人員、勤務編成、勤務時間、休憩時間、手当等について「了解事項」の名のもとに協定が締結され、直勤務の具体的実施をみたのである。これを五班三交替制による直勤務の実施についてみると、同年九月一七日、同月二五日、同年一〇月一八日、同年一一月一六日同三九年四月二日の前後五回にわたり「了解事項」と題する書面により直勤務に関する前記具体的事項につき合意が成立し実施されてきたが、同年四月一六日以降は、同月一日付39規則第2号「東海研究所において特殊な業務に服する職員の勤務に服する規則」により五班編成の直勤務が実施されてきた。右規則に基づくJPDR運転員およびJPDR放射線管理室員の直勤務編成は次表のとおりであつて、A班、B班、C班、D班、E班の五班がそれぞれ一直ないし三直を順次二日づつ連続して勤務し、明け、休日の二日を経た後、日勤を二日連続して勤務し、以上一〇日の周期でこれを繰返えすというものであり、勤務時間はつぎのとおりであつた。

一直 午前八時から午後四時三〇分まで

二直 午後四時から午後一〇時三〇分まで

三直 午後一〇時から翌日午前八時三〇分まで

日勤 平日 午前九時から午後五時三〇分まで

土曜日 午前九時から午後一時まで

なお右の各直の勤務時間帯が三〇分重復するのは、後に触れるように三〇分の引継時間制度の採用を意味する。

班   A  B  C  D  E

第一日  Ⅰ  Ⅱ  Ⅲ  明  日

第二日  Ⅰ  Ⅱ  Ⅲ  休  日

第三日  Ⅱ  Ⅲ  明  日  Ⅰ

第四日  Ⅱ  Ⅲ  休  日  Ⅰ

第五日  Ⅲ  明  日  Ⅰ  Ⅱ

第六日  Ⅲ  休  日  Ⅰ  Ⅱ

第七日  明  日  Ⅰ  Ⅱ  Ⅲ

第八日  休  日  Ⅰ  Ⅱ  Ⅲ

第九日  Ⅰ  Ⅱ  Ⅲ  明

第一〇日 日  Ⅰ  Ⅱ  Ⅲ  休

2、ところで、〈証拠〉を総合すると、被告は昭和四二年一二月二七日前記規則の一部を改正する規則を定めるとともに、「動力試験炉運転員等の勤務割の報告等について」と題する通達を発し、以上を同四三年一月六日から実施する旨の業務命令を発したこと、この業務命令により実施されたJPDR運転員およびJPDR放射線管理室員の直勤務編成は次表のとおりであつて、A班、B班、C班、D班の四班がそれぞれ一直および三直を順次三日づつ連続して勤務し、休日を一日とつた後、二直を三日連続勤務し、休日を一日とつた後、日勤を一日勤務し、以上一二日の周期でこれを繰返えすという逆転換方式の四班三交替制であり、勤務時間はつぎのとおりである。

一直 午前八時から午後四時まで

二直 午後四時から午後一〇時三〇分まで

三直 午後一〇時三〇分から翌日午前八時まで

日勤 平日 午前九時から午後五時三〇分まで

土曜日 午前九時から午後一時まで

班   A  B  C  D

第一日  Ⅰ  Ⅱ  Ⅲ  休

第二日  Ⅰ  休  Ⅲ  Ⅱ

第三日  Ⅰ  日  Ⅲ  Ⅱ

第四日  Ⅲ  Ⅰ  休  Ⅱ

第五日  Ⅲ  Ⅰ  Ⅱ  休

第六日  Ⅲ  Ⅰ  Ⅱ  日

第七日  休  Ⅲ  Ⅱ  Ⅰ

第八日  Ⅱ  Ⅲ  休  Ⅰ

第九日  Ⅱ  Ⅲ  日  Ⅰ

第一〇日 Ⅱ  休  Ⅰ  Ⅲ

第一一日 休  Ⅱ  Ⅰ  Ⅲ

第一二日 日  Ⅱ  Ⅰ  Ⅲ

3、以上説示したところから明らかなように、本件業務命令における四班三交替制と昭和三八年七月二一日付および同年八月一五日付各労働協約において定められた五班三交替制とは、直勤務の内容を異にするものであつて、本件業務命令はJPDR施設における直勤務者の労働条件の変更を意味する。したがつてさような業務命令は、前示労働協約に違反するから、もとより原告ら組合員を拘束するものではなく、原告らは本件業務命令による四班三交替制の直勤務を拒否することができるものといわなければならない。

4(一)  被告は右の点に関し、本件業務命令により実施されたJPDR施設における直勤務体制は、形式上は四班三交替制であるがその実質は五班三交替制であり、前示労働協約に違反するものではない旨主張するので、この点につき検討を加える。

〈証拠〉を総合すると、前示昭和四二年一二月二七日付「動力試験炉運転員等の勤務割の報告等について」と題する通達により所属長の作成した勤務編成表によれば、従前の五班編成はそのまま存置し、そのうち四班が直勤務に入り、他の一班を日勤班とし三六日の日勤(通常勤務)を経て直勤務に組み入れ、他の班と逐次交替させる建前となつており、この勤務方式は本件業務命令の際も口頭で申入れたものであることが認められるが、他方被告は同時に、さような変則的な直勤務態様はJPDR―Ⅱ(当時のJPDRにつき強制循環型の熱出力二倍(九〇メガワット)に改造したもの)の改造工事の開始を予定していた同年九月までの過渡的、暫定的な措置であり、右のJPDR―Ⅱの直勤務方式としては、前示労働協約にもとづき同三八年九月一七日まで実施してきた四班三交替制を採用することを当然の前提として業務命令を発したこともまた前顕諸証拠により明らかである。のみならず〈証拠〉を総合すると、前示昭和三八年七月二一日付および同年八月一五日付各労働協約に基づき実施された五班三交替制の直勤務においては、五班が常時直勤務に服していたことが認められ、以上の事実と〈証拠〉を総合すると、右の各労働協約に定める五班三交替制とは、前示のように五班が常時直勤務に服する直勤務体制を意味するものと解するのが相当である。してみれば、前述のように五班のうち四班が直勤務に服し、他の一班が日勤に服することを建前とする直勤務体制の場合と、右の労働協約にいう五班三交替制の場合とでは、直勤務者の労働条件に異同を生ずることは明らかである。したがつて被告の前示主張は採用の限りでない。

(二)  つぎに被告は、昭和三八年五月三日成立した前示労働協約は、右の同年七月二一日付および同年八月一五日付各労働協約の成立により、結局その効力を失つたものである旨主張するが、かりに被告の主張が正鵠を射ていたとしても、さようなことと、本件業務命令が右の七月二一日付および八月一五日付各労働協約に違反するかどうかということとは何等の関係もないことは縷説を要しないであろう。

(三)  被告はさらに、右の各労働協約は、JPDRの運転員らが通常勤務に服することとなつた昭和三九年四月一日、または被告が同日制定した前示規則(39規則第2号)が実施され、東海支部がこれに対し何等異議を申立てなかつた同月一三日、暗黙の合意により解約され、またはその効力を失なつた旨主張するので、以下この点について審究する。

〈証拠〉を総合すると、JPDR施設における直勤務につき五班三交替制によることを定めた前示両労働協約に基づき直勤務を実施するため、前述のように昭和三八年一〇月一八日および同年一一月一六日、人員、勤務編成、勤務時間、休憩時間、手当等につき協定が締結されたが、同三九年四月一日以降の直勤務の実施については、同年三月三一日における被告、東海支部間の徹夜の折衝にもかかわらず前記具体的事項に関し合意をみるに至らず、そのためJPDRの運転員等はやむなく通常勤務に服することとなつたこと、右の合意不成立の経緯についてみると、前記折衝において、東海支部が同年四月一日以降の直勤務の実施についても従前の協定と同一条件によることを主張したのに対し、被告は手当以外の事項については東海支部と同調したが手当については改訂を強く主張したため、結局前記具体的事項の全般につき合意が成立しなかつたこと、および同三九年四月二日成立し即日実施された協定および同月一日制定され同月一六日実施された前示規則(39規則第2号)には、いずれも五班三交替制を前提とする直勤務編成が定められていることが認められ、以上の認定を左右するに足りる証拠は存在しない。しこうして以上の事実と前記各証人の証言を総合すると、JPDR施設における直勤務員が通常勤務に服した同年四月一日および前示規則が実施された同月一六日の各前後を通じ、被告および東海支部はひとしくJPDR施設における直勤務の実施については従前どおり五班三交替制を維持する意思を有していたことが肯認できるのである。

以上のようなわけで、被告の前示各主張はすべて理由がないものというほかはない。

三、被告は、本件ロック・アウトは、原研労組の違法な争議行為に対抗するため緊急の措置として実施された正当なものである旨主張するので、以下右の点につき検討をすすめる。

1(一)  〈証拠〉を総合すると、つぎの事実が肯認でき、この認定を覆えすに足りる証拠は存在しない。すなわち

被告は昭和四二年一一月二〇日書面(乙第八号証の一添附の「動力試験炉における連続勤務に関する協定書(案)」と題する書面)により、東海支部に対し、JPDRに勤務するJPDR部および保健物理安全管理部各所属組合員の直勤務に関し、従前の五班三交替制を四班三交替制に改め、かつ直交替の際の三〇分の引継時間制度を廃し、さらに年間休日数を六七日とすること等を内容とする協定案を提示し、協議を申入れた。そして被告と東海支部ないし原研労組との間に、同月二一日から同年一二月二七日までの間前後七回にわたり折衝が重ねられた。この間における被告の主張は、要するに直勤務者と通常勤務者との間の労働条件(年間の勤務時間、休日数等)の均衡をはかり、人員の効率的配置と業務の効果的組織的運営のために四班三交替制の採用が必要であるとし、これに対し組合側は、四班三交替制を採用すべきかどうかは昭和三八年五月三日付協定(乙第六号証の一)に定めるように、原子力の研究開発というJPDR施設の目的、運転の安全性、運転員の健康の維持および教育訓練による技術の向上の見地から作業の実態に即して検討すべきであり、かような立場から判断するとき五班三交替制は維持すべきであるとの態度を堅持し四班三交替制の採用に反対した。そして前示提案に対する具体的意見としては、(一)三〇分の引継時間は制度として必要である。(二)三直のつぎの日は明け休みであり、これを一般の休日となして通常勤務者の休日数との均衡をはかることには反対する。(三)JPDRの運転員は一班につき二年以上の経験者八名以上を必要とする。以上の点に要約されるが、要するに従前の五班三交替制は維持すべきであるとの態度を堅持した。かくびて両者の主張は平行線を辿るだけで妥結の見通しも立たないまま、同年一二月二七日被告は前叙のように業務命令を発したのである。その後も被告は四班三交替制の直勤務方式につき組合の同意を得て労働協約の成立をはかるべく組合に対し交渉を申入れ、昭和四三年一月五日から同年二月六日までの間七回にわたつて折衝が行われたが、同日の折衝においても組合は、直勤務者全員につき一律三〇分の引継時間を制度として存置すべき旨の従前の主張を繰返えすとともに、従前の直勤務員五班のうち一班を日勤班として常置することを協定書に明文化することを主張したのに対し、被告は、直の引継ぎは必要なときに必要な人員につき必要な時間を超過勤務として行なえば足りるとし、また五班のうち一班をもつて充てる日勤班の制度は昭和四三年九月に予定された前述のJPDRの改造工事開始までの暫定的、経過的措置にすぎない旨主張して譲らなかつた。そしてこの間原研労組はJPDRの直勤務制度の改正に抗議して同年一月六日午前八時から翌七日午前八時までJPDR部所属組合員、保健物理安全管理部所属JPDR勤務組合員、東海支部執行委員等につきストライキを実施し、さらに同月三〇日午後二時三〇分から同四時まで東海支部組合員全員につきストライキを実施した。その後同年二月一九日東海支部は被告に対し書面(乙第三七号証)をもつて、「直ちに業務命令を撤回し話合に応ずること」「引継ぎ時間を制度として全員にひとしく三〇分認めること」「直勤務者の勤務時間数が通常勤務者よりも多くならないこと」等五項目の要求を申入れ、翌二〇日この要求のもと無期限ストライキを宣言して翌二一日午前八時からJPDR部第四課に所属し一直の業務に就く組合員につきストライキを実施した。同月二八日被告は右ストライキの実施につき、理事長、副理事長以下幹部が協議した結果、組合の五項目の要求貫撤の強固な態度に対しロック・アウトをもつて対抗することを決意し、同月二九日原研労組に対しロック・アウトを宣言し、同年三月一日午前八時以降、JPDRに勤務するJPDR部および保健物理安全管理部各所属組合員に対し本件ロック・アウトを実施した。そこで原研労組は同日午後一時前示ストライキを解除し、同月四日書面(甲第八号証)をもつて就労を請求したが、被告はこれを拒否した。その後も被告と原研労組との間に交渉が行われたが、双方の態度に漸く妥結の兆が見え、JPDRの直勤務は四班三交替制により行なうこと、ただしJPDR―Ⅱの改造まで暫定的に、通常勤務に服する日勤班(一班)をおき三六日を基準周期として直勤務に組入れること、一五分の引継時間を制度として直勤務者全員に認めること、以上の点等につき合意が成立し、被告は来る二二日本件ロック・アウトを解除する旨の意思を表明し、同日本件ロック・アウトは終息を告げるにいたつた。

(二)  以上に認定した事実関係および〈証拠〉を総合検討すると、本件ロック・アウトは、四班三交替制に基づく直勤務の実施を内容とする前示業務命令の撤回を要求して実施したストライキを排除して右業務命令を強行し、この既成事実のもとに原研労組をして四班三交替制を採用する労働協約を締結させることを本来の目的として行なわれたものということができる。しかも右の業務命令は四班三交替制による直勤務の実施を求める点において労働協約に反し原告らの組合員を拘束できないものであり、原研労組はこの業務命令の撤回を求めてストライキを実施し、該命令に基づく就労を拒否したのに対し、被告がその対抗手段として本件争議行為に出たことは上来説明したとおりである。

2、被告は、本件ロック・アウトを実施した具体的理由として、前示ストライキによりJPDRの運転を全面的に停止せざるを得なくなるが、その結果、(イ)運転要員、保守要員の養成、原子力の各種試験研究、開発研究の遂行に重大な障害を生じ、被告の国家的社会的使命に反するばかりでなく、運転の停止が長期化すると炉施設の機能の低下ないし障害を生じ、中性子源の減衰を来たし、(ロ)JPDR第一ないし第三課の従業員の業務が停止ないし停滞するのにかかわらず、これら従業員に支給する給与は一日につき金一九万七、〇〇〇円に達し、またJPDRの運転により自給してきた東海研究所内の消費電力を外部から購入することになるほか、余剰電力の売却による収入も杜絶することになる旨主張するので、この点につき以下検討を加える。

(一)  〈証拠〉を総合すると、JPDR部第四課の一直運転員の実施した前示ストライキの結果、被告は、事実摘示被告の主張その二の三、2、所掲の理由によりJPDRの運転を全面的に停止せざるを得なくなつたこと、そのため被告は、右ストライキ実施中の昭和四三年二月二六日JPDR部第四課の日勤班に対し、一直勤務に就くよう業務命令を発したが、日勤班がストライキを実施してこれを拒否したので、さらに翌二七日JPDR部の直勤務を経験した従業員に対し右ストライキ部門に就業させるべき第四課員の兼務命令をするなどしてJPDRの運転再開を企図したことが肯認できる。さようなわけで前示ストライキは、JPDRの全面的運転停止を結果したことは首肯できる。

(二)  ところで、〈証拠〉を総合すると、JPDRは、動力炉プラントの運転および保守に関する実験経験を得ること、動力炉系の特性を理解するため、実験、試験を行なうこと、燃料要素の性能試験、舶用炉への応用等を含め、各種の研究および開発を行なうことを目的とするものであり、この目的は、JPDRの運転によつてその達成が可能であることが認められる。したがつて抽象的にいえば、JPDRの運転を停止すれば右目的の達成は阻止されるということができよう。しかしながら〈証拠〉を総合すると、JPDRは定期検査を受けるため昭和四二年一一月から運転を停止されたが、被告は当初同四三年一月下旬に運転の再開を予定していたところ検査の完了が遷延したことなどから最終的には同年二月二一日に再開を予定していたこと、JPDRは過去においても幾度か運転を停止してきたこと(すなわち昭和四〇年七月一箇月、同四一年六月ないし八月の三箇月、同四二年三月、七月の各一箇月等)が認められるのであるが、他方前示ストライキは昭和四三年二月二一日、前述のように被告が予定していた運転再開の機会を捉えて開始されたところ、本件ロック・アウトは右ストライキ実施後一〇日目に開始されたことは上来説明したとおりである。したがつて本件ロック・アウト開始当時は、右のストライキによつて被告の所期する運転再開が旬日の間遷延したことになるが、この時期において、被告がJPDRの運転により遂行を迫られている具体的な業務内容については、被告において何ら主張、立証するところがない。またJPDRの運転再開が前述のように旬日遷延したことにより、特にその機能の低下ないし障害を生じ、あるいは中性子源の減衰を来たしたという点については、これを肯認するに足りる何らの証拠も見出しえない。

(三)  つぎに被告はJPDR部第一課ないし第三課所属従業員に支払う経費一日当り金一九万七、〇〇〇円の支出を云為するが、この人件費の支出はJPDRの運転停止とは何らのかかわりもないことがらであつて、問題はJPDRの運転を前提とする右従業員の業務の遂行が、運転の停止によつて阻止されることである。しかしながら本件ロック・アウト開始当時、具体的に業務の遂行を必要とするさしせまつた事情の認むべきものは何ら存在しないこと前に説示したとおりである。

(四)  さらに被告は、JPDRの運転停止により東海研究所が必要とする電力を外部から購入することになり、またJPDRの運転によつて生ずべき余剰電力の売却による収入も杜絶する旨主張するが、本来JPDR運転の目的は前説示のとおりであつて企業として行われるものではなく、このことは東海研究所の事業上東京電力株式会社から購入する電力料金が一キロワットアワー当り金六円ないし七円であるのに対し、同会社に売却する電力料金は一キロワットアワー当り昼間が金一円余、夜間が金一円に満ない事実が雄弁に物語つているし、さらにJPDRが前述のように昭和四〇年から同四二年七月までの間、一箇月ないし三箇月にわたり運転および発電を停止された事実および同年一一月定期検査のため運転および発電が停止され、翌四三年二月二一日運転再開の予定が前示ストライキにより旬日遷延したにすぎない事実を合わせ考えるとき、かりに被告の主張するとおり東京電力株式会社から電力を購入し、かつ余剰電力を同会社に売却することにより得られる筈の収入が杜絶したとしても、被告はそのために重大な経済的打撃を被むつたものと即断するわけにはいかないのであつて、以上のような点から考えても本件ロック・アウトが同年三月一日の時点において実施されたことに問題がある。

3、以上二、以下において認定した諸般の事実ならびにこれに対する法律判断を彼此総合検討するとき、本件ロック・アウトはその実施期間中の何れの時点を捉えてみても、原研労組が昭和四三年二月二一日以降実施したストライキに対抗する争議行為としてその必要性および緊急性を欠くものであつて、公平の原則ならびに条理に照らし正当性の限界を超えたものといわざるをえない。

四、以上のようなわけで、本件ロック・アウトは正当なものとはいえないから、被告は民法第五三六条第二項により、原告らに対し本件ロック・アウトにより就労できなかつた期間中の同人らの賃金を支払うべき義務を有するところ、同賃金額は別紙債権目録に記載したとおりであることは当事者間に争いがない。ところで「日本原子力研究所職員給与規程」(甲第五五号証)によれば職員の給与の支給定日は毎月一五日(ただし休日を除く)であり、この支給定日に支給する給与は、当月分の本給、研究手当、研究要員手当等、ならびに前月分の放射線業務手当、原子炉交替手当等となつており、また職員を給与の支給定日以後月末までに採用したときは、その月の本給、研究手当、初任給調整手当、研究要員手当は翌月の五日(ただし休日を除く)に支給し、さらに給与の支給定日以後月末までに職員の本給その他右の各手当につき異動を生じたときは、翌月の支給定日において増額または減額して支給する建前となつている。してみれば、被告の原告らに対する別紙債権目録中「合計」欄記載の各金員の支払義務は遅くも昭和四三年四月一六日原告ら全員に対し各覆行遅滞に陥つたことになる。

なお被告は、原子炉等交替手当は二直または三直の勤務に現実に従事した職員に対して支給されるものであり、また放射線業務手当は原子炉等の運転その他所定の放射線業務に現実に従事した職員に対して支給されるものであるから、被告は以上の業務に現実に従事しなかつた原告らに対し、原子炉等交替手当ないし放射線業務手当を支給すべき義務を負うものではない旨主張する。しかしながら使用者の帰責事由によつて労働者が就労不能に陥つた場合、労働者は使用者に対して賃金のすべて、すなわち現実に就労した場合に支給を受けるべき全賃金につき支払を請求できることは民法第五三六条第二項本文に照らし疑問の余地はあるまい。しこうして原子炉等交替手当および放射線業務手当に関する給与制度の趣旨が被告主張のとおりであり、これらの手当は原子炉等の直勤務または放射線業務に現実に従事した者に対してのみ支給されるべきものであるとしても、このことは現実に右の業務に従事しなかつた原告らに対し、同項但書に基づき、前記各手当額につき償還請求権が成立するかどうかについて問題となるにすぎない。ところで被告の右償還請求権がかりに成立したとしても、これを自働債権とする適法な相殺が行われない限り、原告らの前示賃金債権に消長を来たすいわれはない。さようなわけで被告の前示主張は採用の限りでない。

五、してみると、原告らが被告に対し、別紙債権目録中「合計」欄に記載する各金員およびこれに対する昭和四三年四月一六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴各請求はすべて正当として認容すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(石崎政男 長久保武 水口雅資)

(原告目録および債権目録省略)

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